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動物の死骸は食べられないと言う健康に育っている子供にも無理矢理食べさせるの?
子供にそこまでの考えが有るとは思えないので無理やり食べさせます。そんな考えもってる場合、まわりの大人がクズなだけでしょう。
大人がクズとも限らないでしょう。家畜が肉になる過程が隠されていて、肉が家畜の肉だと知識レベルでは知ってても、経験レベルでは知らないから肉を食べられるって事もあるのでは。私は、貝が砂抜きの時に水を吹く様子を見てから、貝が食べられませんし、父母も同じような理由で鶏が食べられません。今の時代、何の配慮もなく子供に経験レベルでそのような事を伝える事が良いとは思いませんが、感受性の鋭い子なら身近な生きた魚類の調理などの経験を家畜まで広げるかもしれませんし、もっと鋭い子なら知識レベルでも拒絶するかもしれません。そんな子供が実在するかは知りませんが、貴方のそのような思い込みによって本当に子供が信念を持っているかを確認せずに無理矢理食べさせるのは虐待でしょう。
個々の子供の信念がどうだかはどうでもよいことで、教育を施し必要な医療を受けさせ健康に育てバランスの良い食事をさせないことは虐待でしょう。植物しか殺さないという信念を持って生まれてくるのではなければ、信念のもとに栄養失調になるというのは、教育なり医療なりを施していないということになるのではないでしょうか。16にもならないような子供が家庭の中でバランスの良い食事をとらず、親がそれを与えられないならば、それは事実として彼らが親となることができないということではないでしょうか。
屠畜や食肉加工での血抜きや皮が剥かれるシーンを見て残酷だという人々の感覚は少しは理解できますし、肉を見るたびにそれを思い出して肉が食べられないという心理も理解はできます。が、貝の水吹きを見て貝が食べられなくなるという話は理解できないです。「同じような理由で鶏が食べられません。」とありますが、何がどう同じような理由なのかもよくわかりません。
そもそも、多分この人は植物が芽吹く様を見せて植物の偉大さを滾々と語ってあげれば何も食べることが出来なくなって餓死するような人なんじゃないでしょうか。でなきゃ、動物でさえ無ければ、植物は幾ら殺しても良いと思ってる差別主義者かな。
命を頂くという事を正しく教えてもらえなかったんでしょうね。食べ物が何かの命であることを理解したら食えなくなる哀れな潔癖症。こういう人は食材に対して「頂きます」って言えないんだろうなぁ…
こういう本質的に生きる事を拒否してるかのような人を生み出さないためにも、ちゃんと動物性の食事も与えて、それが食卓に並ぶまでの過程を追った食育もやっていく必要があると思います。魚を〆る所からやって捌くとか、家畜を育てて自分たちで捌いて食うとか良いと思う。
> 命を頂くという事を正しく教えてもらえなかったんでしょうね。
肥満体を維持するために命をいただきます。
肥満体がその体形を維持するのに命をいただきまくるのには反吐がでるけどね
> 屠畜や食肉加工での血抜きや皮が剥かれるシーンを見て残酷だという人々の感覚は少しは理解できますし、肉を見るたびにそれを思い出して肉が食べられないという心理も理解はできます。
私も、牛豚については理解できなくはないですが、生きてる魚を三枚におろして食べるのは平気なので、例外はあるにせよ、大多数の人にとっては慣れの問題のような気がします。
アニマルライツ運動(動物の権利運動) [wikipedia.org]の運動家の方とのご縁があった経験から、元ACの方の言わんとすることを書いてみますが、「生きているのを見てから、その、生きているのを見てしまった動物の生を自分のエゴで奪う行為を自分が行うのが許せなくなった」と云う事じゃないかと思いますよ。鶏肉にせよ貝にせよ、生のありようや営みを見てしまったが故に、食べ物としてのそれらを眼にすると生の営みが目に浮かんでしまうようになってします。まぁ、人に押し付けたり暴力的行動に出ないならば容認されてもいいのではないかと思いますけどね。
鶏はどの伝統的主要宗教に於いても重宝される蛋白質源であり、ユダヤ教徒のみならずイスラム教徒やヒンドゥー教徒でさえ、鶏や卵を食べる人間が多いのです。例えば、フォアグラも鳥類ですが、これは元来、ユダヤ教徒の食品だった事は有名です。
食物に対してそんな偏見に満ち溢れた信念を持たないように教育してあげるのも、親の役目でしょう。意図してかそうでないかに関わらず、子供の信念などは親や環境が作りあげるものです。あなたの父母や、祖父母のように、子の教育を失敗しないように法整備の面から仕組みを作りあげるのは方法として悪くないと思います。
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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike
子供が拒否した場合は? (スコア:0)
動物の死骸は食べられないと言う健康に育っている子供にも無理矢理食べさせるの?
Re: (スコア:0)
子供にそこまでの考えが有るとは思えないので無理やり食べさせます。
そんな考えもってる場合、まわりの大人がクズなだけでしょう。
Re:子供が拒否した場合は? (スコア:0)
大人がクズとも限らないでしょう。
家畜が肉になる過程が隠されていて、
肉が家畜の肉だと知識レベルでは知ってても、経験レベルでは知らないから
肉を食べられるって事もあるのでは。
私は、貝が砂抜きの時に水を吹く様子を見てから、貝が食べられませんし、
父母も同じような理由で鶏が食べられません。
今の時代、何の配慮もなく子供に経験レベルでそのような事を
伝える事が良いとは思いませんが、
感受性の鋭い子なら身近な生きた魚類の調理などの経験を
家畜まで広げるかもしれませんし、
もっと鋭い子なら知識レベルでも拒絶するかもしれません。
そんな子供が実在するかは知りませんが、貴方のそのような思い込みによって
本当に子供が信念を持っているかを確認せずに無理矢理食べさせるのは虐待でしょう。
Re:子供が拒否した場合は? (スコア:2)
個々の子供の信念がどうだかはどうでもよいことで、教育を施し必要な医療を受けさせ健康に育てバランスの良い食事をさせないことは虐待でしょう。
植物しか殺さないという信念を持って生まれてくるのではなければ、信念のもとに栄養失調になるというのは、教育なり医療なりを施していないということになるのではないでしょうか。
16にもならないような子供が家庭の中でバランスの良い食事をとらず、親がそれを与えられないならば、それは事実として彼らが親となることができないということではないでしょうか。
Re:子供が拒否した場合は? (スコア:1)
屠畜や食肉加工での血抜きや皮が剥かれるシーンを見て残酷だという人々の感覚は少しは理解できますし、肉を見るたびにそれを思い出して肉が食べられないという心理も理解はできます。
が、貝の水吹きを見て貝が食べられなくなるという話は理解できないです。
「同じような理由で鶏が食べられません。」とありますが、何がどう同じような理由なのかもよくわかりません。
Re:子供が拒否した場合は? (スコア:2, おもしろおかしい)
そもそも、多分この人は植物が芽吹く様を見せて植物の偉大さを滾々と語ってあげれば
何も食べることが出来なくなって餓死するような人なんじゃないでしょうか。
でなきゃ、動物でさえ無ければ、植物は幾ら殺しても良いと思ってる差別主義者かな。
命を頂くという事を正しく教えてもらえなかったんでしょうね。
食べ物が何かの命であることを理解したら食えなくなる哀れな潔癖症。
こういう人は食材に対して「頂きます」って言えないんだろうなぁ…
こういう本質的に生きる事を拒否してるかのような人を生み出さないためにも、
ちゃんと動物性の食事も与えて、それが食卓に並ぶまでの過程を追った食育もやっていく必要があると思います。
魚を〆る所からやって捌くとか、家畜を育てて自分たちで捌いて食うとか良いと思う。
Re: (スコア:0)
> 命を頂くという事を正しく教えてもらえなかったんでしょうね。
肥満体を維持するために命をいただきます。
Re: (スコア:0)
肥満体がその体形を維持するのに命をいただきまくるのには反吐がでるけどね
Re:子供が拒否した場合は? (スコア:1)
> 屠畜や食肉加工での血抜きや皮が剥かれるシーンを見て残酷だという人々の感覚は少しは理解できますし、肉を見るたびにそれを思い出して肉が食べられないという心理も理解はできます。
私も、牛豚については理解できなくはないですが、生きてる魚を三枚におろして食べるのは平気なので、例外はあるにせよ、大多数の人にとっては慣れの問題のような気がします。
Re:子供が拒否した場合は? (スコア:1)
アニマルライツ運動(動物の権利運動) [wikipedia.org]の運動家の方とのご縁があった経験から、元ACの方の言わんとすることを書いてみますが、
「生きているのを見てから、その、生きているのを見てしまった動物の生を自分のエゴで奪う行為を自分が行うのが許せなくなった」
と云う事じゃないかと思いますよ。
鶏肉にせよ貝にせよ、生のありようや営みを見てしまったが故に、食べ物としてのそれらを眼にすると生の営みが目に浮かんでしまうようになってします。
まぁ、人に押し付けたり暴力的行動に出ないならば容認されてもいいのではないかと思いますけどね。
Re: (スコア:0)
鶏はどの伝統的主要宗教に於いても重宝される蛋白質源であり、ユダヤ教徒のみならずイスラム教徒やヒンドゥー教徒でさえ、鶏や卵を食べる人間が多いのです。例えば、フォアグラも鳥類ですが、これは元来、ユダヤ教徒の食品だった事は有名です。
Re: (スコア:0)
食物に対してそんな偏見に満ち溢れた信念を持たないように教育してあげるのも、親の役目でしょう。
意図してかそうでないかに関わらず、子供の信念などは親や環境が作りあげるものです。
あなたの父母や、祖父母のように、子の教育を失敗しないように法整備の面から仕組みを作りあげるのは方法として悪くないと思います。