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・バスのウインカーは跳ね上がり式で、ワンマンではなく車掌が乗って停留所をアナウンスしていた。・線路のポイント切り替えは自動で無く、手動で切り替えていた。連動してワイヤーで信号が切り替わった。勿論、汽車。 また客車のドアはただのドアなので走行中でも開け閉めできた。・電気を使い過ぎるとブレーカーでは無くヒューズが飛んだ。ヒューズボックスは白い碍子製。・自動車はサイドブレークで無くステッキブレーキ。・テレビを見るには扉を開ける必要があった。もちろん白黒。・電話をかける場合は、ダイヤル番号など無くハンドル廻してNTTの交換手と会話して住所を言ってつないで貰っていた。・電卓は6桁までしか無く、オーバーフローしたら(⇒)マーク押してオーバフローした部分を表示させた。・給食のミルクがとてつもなく不味かった。(脱脂粉乳ミルク:要は粉ミルクをお湯で溶かしたもの)・象が踏んでも壊れない筆箱があった。
・象が踏んでも壊れない筆箱があった。
まだありますよ。うちの子供が使ってます。 自分用に買ったのですが、子供にとられました。 http://www.sun-star-st.jp/private_brand/arm.html [sun-star-st.jp]
あれ?ステッキ式パーキングブレーキならハイエースなんかで現役ですよ。
電話でハンドルいくら回してもNTTの交換手は呼び出せません。呼び出せるのは日本電信電話公社の交換手ですよ(逓信省という人はいませんよね?)
テレビは白黒?フィルムで色を付けるのは邪道だったでしょうか?
#あと、給食のミルクは地域によってさまざまだったんじゃないかな?#うちの田舎ではまわりに牧場が多かったせいか脱脂粉乳はなかったと聞いてます#ついでにヒューズって飛ぶと言いましたっけ?昔は切れたと表現してたような(思い違いかな?)
#書こうと思ってたこと先に書かれたのでこれしか書くことないや
> 呼び出せるのは日本電信電話公社の交換手ですよ
当時から業界ではNTTで通じてましたよ。
ヒューズもぶっ飛ぶ高圧電流♪
レコードは落とすと割れた
#かなりいろんな時代のものが混じってるね
ピンポイントで補足。> ・象が踏んでも壊れない筆箱があった。たいてい学校に持っていったその日に、級友があつまって踏み壊されてしまう。強度試験とは破壊試験なり、を身をもって体験できた。
おいくつですか?
いくらかはNet上のコピペで書けるんではないかな。
> ・電話をかける場合は、ダイヤル番号など無くハンドル廻してNTTの交換手と会話して住所を言ってつないで貰っていた。
親の実家の電話は、近所何軒かのグループ単位で呼び出し音声が聞こえてた。交換嬢が「8番、8番、8番」と呼ぶと8軒だか10軒だかのグループ全世帯に聞こえ、8番がアサインされた家で受話器をとって交換手につないで貰って話す仕組み。終わったときには交換手を呼び出して回線切断して貰っていたような気がする。たまに、隣家の番号に出て「○○さん今日は出かけて夜まで帰ってきません」とか返事していた。
プライバシーとか言わないのどかな時代だったなあ。まあ、家の玄関に鍵なんて掛けない(っていうか存在しない)時代と地域だし。
集合電話は昔、家に配達されていた電電公社の電話帳に記載されている情報を通して知っている程度だなあ。玄関の鍵がほぼ無意味な地域にいた頃はごく一握りを除いて呼出電話番号時代。集合電話すら高嶺の花だった。
・線路のポイント切り替えは自動で無く、手動で切り替えていた。連動してワイヤーで信号が切り替わった。勿論、汽車。 また客車のドアはただのドアなので走行中でも開け閉めできた。
客車のドアはただのドアなやつはまだ現役で走ってますよ。
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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家
懐かしいというなら、この位でどうだ。 (スコア:0)
・バスのウインカーは跳ね上がり式で、ワンマンではなく車掌が乗って停留所をアナウンスしていた。
・線路のポイント切り替えは自動で無く、手動で切り替えていた。連動してワイヤーで信号が切り替わった。勿論、汽車。 また客車のドアはただのドアなので走行中でも開け閉めできた。
・電気を使い過ぎるとブレーカーでは無くヒューズが飛んだ。ヒューズボックスは白い碍子製。
・自動車はサイドブレークで無くステッキブレーキ。
・テレビを見るには扉を開ける必要があった。もちろん白黒。
・電話をかける場合は、ダイヤル番号など無くハンドル廻してNTTの交換手と会話して住所を言ってつないで貰っていた。
・電卓は6桁までしか無く、オーバーフローしたら(⇒)マーク押してオーバフローした部分を表示させた。
・給食のミルクがとてつもなく不味かった。(脱脂粉乳ミルク:要は粉ミルクをお湯で溶かしたもの)
・象が踏んでも壊れない筆箱があった。
Re: (スコア:0)
・象が踏んでも壊れない筆箱があった。
まだありますよ。うちの子供が使ってます。
自分用に買ったのですが、子供にとられました。
http://www.sun-star-st.jp/private_brand/arm.html [sun-star-st.jp]
Re: (スコア:0)
あれ?ステッキ式パーキングブレーキならハイエースなんかで現役ですよ。
電話でハンドルいくら回してもNTTの交換手は呼び出せません。
呼び出せるのは日本電信電話公社の交換手ですよ(逓信省という人はいませんよね?)
テレビは白黒?フィルムで色を付けるのは邪道だったでしょうか?
#あと、給食のミルクは地域によってさまざまだったんじゃないかな?
#うちの田舎ではまわりに牧場が多かったせいか脱脂粉乳はなかったと聞いてます
#ついでにヒューズって飛ぶと言いましたっけ?昔は切れたと表現してたような(思い違いかな?)
#書こうと思ってたこと先に書かれたのでこれしか書くことないや
Re:懐かしいというなら、この位でどうだ。 (スコア:2)
Re: (スコア:0)
> 呼び出せるのは日本電信電話公社の交換手ですよ
当時から業界ではNTTで通じてましたよ。
Re: (スコア:0)
ヒューズもぶっ飛ぶ高圧電流♪
Re: (スコア:0)
レコードは落とすと割れた
#かなりいろんな時代のものが混じってるね
Re: (スコア:0)
ピンポイントで補足。
> ・象が踏んでも壊れない筆箱があった。
たいてい学校に持っていったその日に、級友があつまって踏み壊されてしまう。
強度試験とは破壊試験なり、を身をもって体験できた。
Re: (スコア:0)
おいくつですか?
Re: (スコア:0)
いくらかはNet上のコピペで書けるんではないかな。
Re: (スコア:0)
> ・電話をかける場合は、ダイヤル番号など無くハンドル廻してNTTの交換手と会話して住所を言ってつないで貰っていた。
親の実家の電話は、近所何軒かのグループ単位で呼び出し音声が聞こえてた。
交換嬢が「8番、8番、8番」と呼ぶと8軒だか10軒だかのグループ全世帯に聞こえ、
8番がアサインされた家で受話器をとって交換手につないで貰って話す仕組み。
終わったときには交換手を呼び出して回線切断して貰っていたような気がする。
たまに、隣家の番号に出て「○○さん今日は出かけて夜まで帰ってきません」とか
返事していた。
プライバシーとか言わないのどかな時代だったなあ。
まあ、家の玄関に鍵なんて掛けない(っていうか存在しない)時代と地域だし。
Re:懐かしいというなら、この位でどうだ。 (スコア:1)
集合電話は昔、家に配達されていた電電公社の電話帳に記載されている情報を通して知っている程度だなあ。
玄関の鍵がほぼ無意味な地域にいた頃はごく一握りを除いて呼出電話番号時代。集合電話すら高嶺の花だった。
Re: (スコア:0)
・線路のポイント切り替えは自動で無く、手動で切り替えていた。連動してワイヤーで信号が切り替わった。勿論、汽車。 また客車のドアはただのドアなので走行中でも開け閉めできた。
客車のドアはただのドアなやつはまだ現役で走ってますよ。