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ある程度報酬がないときついんでしょうかねぇ。日本でもこんな話 [j-cast.com]がありますし。
#といいつつ献血をしたことがないのでAC
あなたが病気になっても絶対に血液製剤を使わず、大事故にあっても輸血せず死を選ぶ人であるなら、それにも一理あります。
そうでないと単なるエゴですね。
>痛いし、注射程度ですね。あなたが小さな子供なら泣き出すかもしれませんね。
>変な病気に感染するリスクがあるのかないのか自分じゃ測定できないし、限りなく0でしょ。
むしろ作業する看護婦さんが提供者から感染するリスクの方がずっと高い。#十分注意してはいるだろうけど、それでも事故は起こるもの。
横レスですが。
> >痛いし、> 注射程度ですね。だったら注射程度の痛みに釣合う報酬が必要でしょ?
...おそらく「注射程度の痛み」というものの評価が違うんだろうなぁと推測しました。だから話がかみ合わない、と。
個人的には、注射=献血の痛み < 足の小指をタンスにぶつけたときの痛み、なので注射(献血)針の痛みなどは大したものではないと思うわけですが、そうじゃない人も居るという事ですよね。まぁ、確かに、身近にもそういう人が居たなぁ(親父が恐がり... ^^;)ということを思い出しましたが。
# あれって純粋に大きな痛みを感じている訳じゃないと思うんだよね。想像してみると、鼻毛抜く瞬間の方が痛いかもしれない(笑)。# たぶん、身体に何かを刺す(刺される、傷つけられる)という行為に対する恐怖心のほうが大きいんじゃないかなぁって思うわけで。# ま、人間としては至極まっとうな感情(命を守る、防御的なもの)なんだと思うんですけどね。# そしてその「怖い」という気持ちをケアせずにその行為に及ぶ(ように見える)医療関係者に対する恐怖心(笑)。#(そりゃそうだ。医療関係者にしてみれば論理的な教育を受けて克服した恐怖だろうし、もっと単純に言っちゃえば他人の恐怖だしね)。
ろくな報酬がないんだったら、「献血離れ」は当たり前で
需要と供給という関係で言えば、自らが必要となった際に気兼ねなく「欲しい。寄こせ」と言えるために、普段から供給側に回るという考え方はあると思うんですよね。自分が外部から血液を受け取る、つまり「自分の命」という巨大な報酬のために、事前に献血をしておこうというのではダメなんでしょうかね。確かに、可能性の問題だから自分は一生受け取る側にはならないかもしれない。でも、誰だって受け取る側に回る可能性はあるわけですよね?これってインセンティブにはなり得ないのでしょうか?(私にとっては大きなインセンティブですが、やはりそうでない人もいるわけですし、ここは客観的な評価が必要ですね)なり得ないとすれば、需要側から供給側に対する何らかの報酬を考えなければいけない、ということになるんでしょうね。
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人生の大半の問題はスルー力で解決する -- スルー力研究専門家
やはり (スコア:0)
ある程度報酬がないときついんでしょうかねぇ。
日本でもこんな話 [j-cast.com]がありますし。
#といいつつ献血をしたことがないのでAC
Re: (スコア:0)
あるのかないのか自分じゃ測定できないし、
報酬なしで献血する理由が見つからない。
にもかかわらず、「献血離れ」だの「尋常じゃない」だの
言ってしまえる神経がわからんわ。
Re: (スコア:0)
あなたが病気になっても絶対に血液製剤を使わず、
大事故にあっても輸血せず死を選ぶ人であるなら、それにも一理あります。
そうでないと単なるエゴですね。
>痛いし、
注射程度ですね。あなたが小さな子供なら泣き出すかもしれませんね。
>変な病気に感染するリスクがあるのかないのか自分じゃ測定できないし、
限りなく0でしょ。
むしろ作業する看護婦さんが提供者から感染するリスクの方がずっと高い。
#十分注意してはいるだろうけど、それでも事故は起こるもの。
Re: (スコア:0)
# 個人的にはそんな気持ち悪いことをしてまで命を永らえたいとは思いませんがそれは別の話。
> >痛いし、
> 注射程度ですね。
だったら注射程度の痛みに釣合う報酬が必要でしょ?
> >変な病気に感染するリスクがあるのかないのか自分じゃ測定できないし、
> 限りなく0でしょ。
どうやってそれを信じろ、と?
充分注意してても事故はおきるんでしょ?
献血なんかしなければ、そのリスクは間違いなく0です。
献血する人が少ないのは、献血することのデメリットがメリットを
上回っている、と考える人が多いからに他なりません。
ろくな報酬がないんだったら、「献血離れ」は当たり前で
それを「尋常じゃない」などというのは、
それこそ尋常な考え方とはいえないでしょう。
Re:やはり (スコア:0)
横レスですが。
...おそらく「注射程度の痛み」というものの評価が違うんだろうなぁと推測しました。
だから話がかみ合わない、と。
個人的には、注射=献血の痛み < 足の小指をタンスにぶつけたときの痛み、なので注射(献血)針の痛みなどは大したものではないと思うわけですが、そうじゃない人も居るという事ですよね。
まぁ、確かに、身近にもそういう人が居たなぁ(親父が恐がり... ^^;)ということを思い出しましたが。
# あれって純粋に大きな痛みを感じている訳じゃないと思うんだよね。想像してみると、鼻毛抜く瞬間の方が痛いかもしれない(笑)。
# たぶん、身体に何かを刺す(刺される、傷つけられる)という行為に対する恐怖心のほうが大きいんじゃないかなぁって思うわけで。
# ま、人間としては至極まっとうな感情(命を守る、防御的なもの)なんだと思うんですけどね。
# そしてその「怖い」という気持ちをケアせずにその行為に及ぶ(ように見える)医療関係者に対する恐怖心(笑)。
#(そりゃそうだ。医療関係者にしてみれば論理的な教育を受けて克服した恐怖だろうし、もっと単純に言っちゃえば他人の恐怖だしね)。
需要と供給という関係で言えば、自らが必要となった際に気兼ねなく「欲しい。寄こせ」と言えるために、普段から供給側に回るという考え方はあると思うんですよね。
自分が外部から血液を受け取る、つまり「自分の命」という巨大な報酬のために、事前に献血をしておこうというのではダメなんでしょうかね。
確かに、可能性の問題だから自分は一生受け取る側にはならないかもしれない。
でも、誰だって受け取る側に回る可能性はあるわけですよね?
これってインセンティブにはなり得ないのでしょうか?(私にとっては大きなインセンティブですが、やはりそうでない人もいるわけですし、ここは客観的な評価が必要ですね)
なり得ないとすれば、需要側から供給側に対する何らかの報酬を考えなければいけない、ということになるんでしょうね。